大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(行ウ)76号 判決

原告

宋慶華

右訴訟代理人弁護士

村田敏

伊藤重勝

山田正

田中裕之

近藤義徳

被告

中野区福祉事務所長

内田司郎

右指定代理人

高田秀子

外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告が原告に対して平成六年八月一二日付けでした生活保護申請却下処分を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、いわゆる不法残留中の外国人である原告が、交通事故に巻込まれて重傷を負ったために医療費等が支払えないとして生活保護の申請をしたところ、被告から、不法残留外国人には生活保護法(昭和二五年法律第一四四号、以下同じ。)の適用はないとして右申請の却下処分を受けたために、右却下処分は憲法一四条、二五条等に反するとして、その取消を求めて出訴した事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証番号を掲記する。)

1  原告は、中華人民共和国の国籍を有する外国人であるが、昭和六三年八月二六日、平成元年法律第七九号による改正前の出入国管理及び難民認定法に係る在留資格四―一―一六―三をもって本邦に入国した。(甲二、四号証)

2  原告は、一時帰国し、平成二年二月二六日、本邦に再入国したが、平成二年八月二六日に在留期間が満了した後も、在留期間更新申請等をしないまま本邦に在留した。(甲二号証)

3  原告は、平成六年四月一六日午前四時三〇分ころ、東京都中野区中央四丁目一番四号先の路上で自動軽二輪車にはねられ、頭蓋骨骨折、顔面骨骨折、下腿骨骨折及び骨盤骨折の傷害を負って杏林大学附属病院に入院し、同年六月二二日、同病院を退院した。

4  平成六年八月一日、原告は、被告に対し、原告の傷病に関する診断書の写し等現況を証する関係書類とともに生活保護に係る保護申請書を提出(以下「本件保護申請」という。)し、被告はこれを受理した。

5  被告は、原告がいわゆる不法滞在の外国人であることを理由に、平成六年八月一二日付けで、本件保護申請を却下(以下「本件処分」という。)した。

6  原告は、平成六年九月二七日、東京都知事に対し、本件処分に係る審査請求をしたが、東京都知事は、平成七年二月二〇日付けで、原告には不服申立て適格がないことを理由に、右審査請求を却下する旨の裁決をした。

二  争点

本件における争点及びこれに関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

1  本件処分は憲法二五条に反するか。

(一) 原告の主張

生活保護法一条によれば、同法が憲法二五条の規定を受けて設けられていることは明らかであるから、同法一条等に生活保護の適用対象として規定されている「すべての国民」との文言も、その文言自体に拘泥することなく、憲法二五条の生存権規定の享有主体性の範囲と同義に解釈すべきである。

そして、生存権規定を含めた憲法全体の目的は、個人の尊厳を中核とする基本的人権を最大限に保障することにあるところ、①近年わが国が高度経済成長を遂げたことに伴い、多くの外国人労働者が来日し、就労によって日本国民と同等に納税義務を果たしているほか、わが国経済の底辺においてその発展拡大に貢献している一方で、労災等の社会的災害に遭う危険も増してきており、わが国としても外国人の最低限度の生活保障のための支出をすることが正義衡平の理念に適うものであること、②交通事故によって瀕死の重傷を負い、就労能力を喪失してしまった上、今後は後遺症が悪化することが予想される原告のような外国人に対し、外国人であるからとの理由のみで健康で文化的な最低限度の生活すら保障しないのは憲法の人命尊重の理念に明らかに反することなどからすれば、憲法二五条にいう生存権は、全ての在日外国人に保障されているものというべきである。加えて、最低限度の生活保障は、これがなければ種々の人権享有が困難になるという意味で人権保障を確保する基礎を提供するものであることなどからすれば、基本的人権たる生存権は、国政を指導する理念の表われとして立法府を拘束するものであり、財源等を理由に広範な立法裁量を認めることもできない。

かかる憲法二五条の解釈を前提とする限り、生活保護法は、全ての在日外国人に対し、生活保護受給権を認めているものと解するほかはない。

また、生活保護法の制定当初、外国人である在日朝鮮人等にも同法が準用されていたこと、同法は保護対象を「すべての国民」等と規定するのみで「日本国民」と明定しているわけではなく、憲法解釈上も人権の享有主体として「すべて国民」と規定されていることは外国人の右人権の享有主体性を妨げるものではないと解されていることからすれば、生活保護法の文理解釈上も、生活保護の対象が日本国民に限定されていると解すべき理由はない。仮に、生活保護法の立法担当者が同法の適用対象を日本国籍を有する者に制限する意図を有していたとしても、わが国は、立法当時である昭和二〇年代に比べればめざましい経済的成長を遂げ、それに応じて生活保護の受給内容も不完全ながら改善されてきたことに照らすと、保護の対象についても同様に時代の要請に応じて変化するものと解すべきところ、生活保護法の制定当初においては予想もできなかったような急激な国際化が進展している今日の状況からすれば、今や外国人にも生活保護の対象を拡げるべきことは明らかである。

そして、右の点は、いわゆる不法滞在の外国人についても変わるものではない。

したがって、本件処分は憲法二五条に違反する。

(二) 被告の主張

生活保護法一条が、この法律は、国が生活に困窮するすべての国民に対して必要な保護を行うこと等を目的とする旨を、同法二条も、すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り生活保護を無差別平等に受けることができる旨を各規定していることからすれば、少なくとも文理上は、生活保護法の適用対象は日本国民に限られることが明らかである。

そして、現行の生活保護法は、その前身である生活保護法(昭和二一年法律第一七号、以下「旧法」という。)が生活保護を内外人平等の恩恵的給付としていたのを改め、国民に生活保護を請求する権利があることを規定し、不服申立ての制度を設けるなど社会保障としての制度的な確立を図る一方で、その適用対象者を「すべての国民」「すべて国民」と規定するに至ったものであること、現行の生活保護法による権利は、日本国民の生存権につき定めた憲法二五条の理念に基くもので、自立の困難な国民の生存のために、国が積極的な保護を与えるという社会政策に由来するものであることにかんがみると、現行の生活保護法の下において、前記文理解釈を超えて外国人も生活保護の適用対象となるものと解する余地はない。

また、生存権の保障はまずその対象者が属している国の責任であって他国の責任ではないとの原則は、今なお世界において通用性をもっているのであって、わが国が憲法上健康で文化的な最低限度の生活を営むことを保障する責務を負う者も日本国民であって外国人ではないと解すべきこと、生存権の保障について規定する憲法二五条は、個人に具体的な権利を与えたものではなく、国の一般的責務として生存権の保障について宣言したものであり、同条の規定の趣旨に応えてどのような立法措置を講ずるかについての選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられていること、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについては、国は原則として外交関係、国際情勢や国内の政治・経済的諸事情等に照らした政治的判断によりこれを決定することができ、限られた財源の下で福祉的給付を行うに当たり、自国民を在留外国人より優先的に扱うことも許されるものと解すべきこと等からすれば、生活保護法が保護対象者を日本国民に限定していることをもって、憲法二五条に違反しているものということはできない。

したがって、本件処分には憲法二五条に違反する点はない。

2  本件処分は憲法一四条に反するか。

(一) 原告の主張

社会保障は、資本主義社会によって必然的に産み出される社会的弱者の救済を目的とするものである以上、その社会に生活する全ての人間に等しく適用されなければならないものと解すべきであり、現に厚生年金法、国民年金法、国民健康保険法、身体障害者福祉法及び労働者災害補償保険法等においては、所定の要件の下に外国人に対してもその適用が認められているのに、生活保護法の場合だけは外国人に対する適用が全く認められないのは、憲法一四条が禁止する人種ないし社会的身分を理由とする不合理な差別というほかはない。

そして、右の外国人からいわゆる不法滞在の外国人を除外すべき理由はない。

したがって、本件処分は憲法一四条に違反する。

(二) 被告の主張

憲法一四条一項は法の下の平等原則を定めているが、この規定は、合理的理由のない差別を禁止する趣旨であって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り許されるものであるところ、生活保護の対象者を日本国民に限定したことは、前記1(二)のとおり立法府の裁量の範囲に属するものであり、合理性を欠くものということはできない。

したがって、本件処分には憲法一四条に違反する点はない。

3  本件処分は世界人権宣言及び経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約に反するか。

(一) 原告の主張

世界人権宣言及び経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号、以下「社会権規約」という。)は、全ての人間が生まれながらにして自由であり、尊厳と権利において平等であることを前提に、全ての人が、社会の一員として、社会保険その他の社会保障を受ける権利を有する旨規定しているところ、これら人権尊重を旨とする国際法は、国内法に優越する効力をもち、かつ、その解釈運用の指針となるべきものである。

これを本件についてみれば、原告は、昭和六三年に来日後、長年わが国に滞在し、継続して日本で生活し、日本企業や国民のために就労してきたのであるから、これに報いる社会保障上の受益権を認めるべきであって、そう解することこそ、前記の世界人権宣言及び社会権規約の趣旨にも添うのである。

そして、憲法が、個人の尊厳を中核とする基本的人権の保障を目的とする国家体制を採用するとともに、九八条二項でわが国に国際法規の誠実な遵守を要求していることに照らすと、社会権規約を批准したわが国には、これを誠実に遵守する憲法上の義務があるものというべきである。

したがって、本件処分は世界人権宣言及び社会権規約に違反し、違法である。

(二) 被告の主張

世界人権宣言は、国際連合の考え方を表明したものであって、加盟国に対して法的拘束力を有するものではない。

また、社会権規約は、締約国において、社会保障についての権利が国の社会政策によって保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即座に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない。

したがって、世界人権宣言及び社会権規約を根拠に本件処分の違法をいう原告の主張は失当である。

4  本件処分が生活保護法の準用を認めなかったことは違法か。

(一) 原告の主張

仮に、外国人に対しては生活保護法の適用が認められないとしても、行政実務の運用においては、長年にわたり生活保護法は不法在留者を含めた外国人に準用されてきており、同法の準用によって、要保護性のある外国人には具体的な生活保護受給権が生じていたものというべきである。しかるに、被告は、同法の準用による生活保護措置は反射的利益にすぎないとの前提の下に、平成二年の厚生省による口頭指示に従い、原告のように出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)に違反して本邦に在留している外国人等に対しては生活保護法の準用も認めないとしたのであって、かかる取扱いは、法的根拠なく原告の生活保護受給権を侵害したうえ、平成二年の前記指示前までの長期間に及ぶ行政実務の運用実態を無視するものである。

また、人間が、個人として尊重されるに値する最低限度の生活が確保されるべきであるとの憲法上及び生活保護法上の要請は、国籍や在留資格等と関係なく、真に保護を必要とする者に対してこそ与えられなければならないのであって、生活保護法の立法当時においてはともかく、現在において生活保護法の準用を在日朝鮮人や在日台湾人にのみ限定しなければならない合理的理由はない。加えて、生活保護法四条一項が定める補足性の原理は、生活困窮者がその利用し得る資産、能力等を最低限度の生活維持のために活用することを要件としているにすぎないから、入管法上就労ができないとされている外国人に対する生活保護法の準用が右補足性の原理に反するとはいえないし、現に原告は瀕死の重傷によって労働能力を全く喪失した上、資産も全くないのであるから、補足性の要件を満たしているものというべきである。そして、仮に原告が右補足性の要件を満たしていなかったとしても、生活保護法四条三項には急迫時の保護が認められているから、原告は本条項による保護を受けることができるのである。さらに、外国人に生活保護法を準用する際の資産調査の困難性についても、保護実施機関の職権による保護変更(同法二五条)、保護の停止及び廃止(二六条)、指導及び指示(二七条)等の措置を適正に講ずることによって緩和し得るから、準用を否定する理由とはならないし、入管法上の在留資格の有無と、生活保護の必要性とは全く別個の問題であることからすれば、退去強制の対象者たる外国人であっても最低限度の生活が自力でできない者については生活保護受給権を認めるべきであり、入管法上の在留資格を生活保護の要件とすることは、生活保護法自体要求していない要件を加重することにほかならない。

したがって、原告に生活保護法の準用も認めなかった本件処分は違法である。

(二) 被告の主張

生活保護法制定後は、日本国民のみが生活保護法の適用対象となったのであるが、昭和二七年四月二八日の日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号)の発効に伴い、それまで日本国民たる身分を有していた在日朝鮮人及び在日台湾人が日本国籍を失うことになり、これらの内には生活保護受給者が相当数存在していたところ、前記平和条約発効という事実のみによってこれらの者に対する生活保護を廃止することは人道上重大な問題があるので、生活保護法による保護に準じた行政措置により、日本国民に対する生活保護と同様の要件の下で同様の内容の保護を実施することとなり、その実施に当たっての取扱要領及び手続きを定めたものとして、「生活に困窮する外国人に対する生活保護の措置について」(昭和二九年五月八日付け社発三八二号厚生省社会局長通知、以下「二九年通知」という。)との通知が発せられ、生活に困窮する外国人に対しては、生活保護法の取扱いに準じて必要と認める保護を行うこと、ただし生活に困窮する外国人が朝鮮人又は台湾人であるときは、その取扱手続を一般外国人の場合よりも簡略にすること等が定められた。

また、生活保護受給者には、生活保護法上補足性の原理により就労等の義務があり、同法の目的も最低限度の生活の保障に加えて就労等を通じた自立に向けて生活を援助することにあるところ、留学生等入管法別表第一に掲げる外国人は同法上我が国における稼働能力の活用が極めて制限され、不法残留外国人は就労が禁止されるのであって、いずれも自立助長の前提を欠くものといわざるを得ないし、保護の実施機関としても、本国における資産や扶養義務者の扶養能力の有無などについて調査するのが困難であるなど、運用面からも生活保護法の準用は難があり、仮にこれらの者に生活保護法を準用するときは、事実上無条件で生活保護を認めるに等しいことになるから、日本国民や定住外国人等に生活保護を認める場合と比較して著しく均衡を失することになる。加えて、外国人の最低限度の生活は、その本国が最終的に保障するとするのが国際法上のルールである。

以上のように、二九年通知が発せられた歴史的背景や、生活保護制度の趣旨目的、同法における補足性の原理等からすれば、行政措置による生活保護法の準用の対象となる外国人の範囲は、永住及び定住外国人、すなわち日本国内において法律上日本国民と同様の活動ができ、自立した生活をすることのできる外国人に限られることは明らかであって、現行の法体系に即していえば、入管法別表第二に掲げる在留資格を有する者、日本国との平和条約に基き日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に規定する特別永住者等に限定されるものと解すべきである。よって、これらの者とそれ以外の外国人とを生活保護法の準用に当たって区別するには合理的理由があるものというべきである。

なお、平成二年一二月三日、東京都福祉局主催の生活保護法関係ブロック別事務会議において、外国人に対する保護の取扱いについて、平成二年六月の改正後の入管法における在留資格との関係において生活保護措置の対象となる外国人は、在留資格上日本国内における活動に制限のない入管法別表第二に掲げる在留資格を有する者に限られる旨の厚生省からの指示が伝達されたが、右指示は、従来から行政措置の対象とされていた永住、定住外国人について、改正後の入管法上いずれの在留資格に当たるかを示すとともに、その対象とならない者の範囲を再度確認的に周知したものであって、行政措置の対象とする外国人の範囲を変更したものではない。

したがって、原告に生活保護法の準用を認めなかった本件処分には違法はない。

第三  当裁判所の判断

一  本件訴えは、生活保護申請に対する却下処分の取消しを求めるものであるから、適法な審査請求に対する裁決を経ていることを要するところ(生活保護法六九条)、本件処分に係る審査請求が却下されていることは当事者間に争いがないので、この点について検討するに、甲二号証(裁決書)によれば、右裁決は、審査請求期間等の手続要件の欠訣をもって却下したものではなく、原告が同法の適用を受けないとする本件処分の理由を正当として維持し、その結果原告には不服申立適格がないとしてされたものであることが認められる。しかしながら、本件処分が同法に基づく処分としてされたことは明らかであり、その名宛人である原告には本件処分に対する審査請求適格自体はあるものと解すべきであるから、本件訴えは審査請求前置の要請を満たしているものということができる。

二  争点1(本件処分の憲法二五条適合性)について

1  生活保護法一条は、「この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、この困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。」と規定し、同法二条は、「すべて国民は、この法律の定める要件を満たすかぎり、この法律による保護を、無差別平等に受けることができる。」と規定する。これに対し、旧法一条は、「この法律は、生活の保護を要する状態にある者の生活を、国が差別的又は優先的な取扱をなすことなく平等に保護して、社会の福祉を増進することを目的とする。」と規定し、その適用範囲を日本国に居住又は現在する外国人にも及ぼしていたものと解されるが、乙二号証(立法担当者による生活保護法の解説書)によれば、現行法の立法担当者は、一方で、旧法が有していた恩恵的な給付としての色彩を払拭し、国民に生活保護受給権があることを明確にするとともに、他方で、その適用対象を「すべての国民」「すべて国民」と規定することで、生活保護受給権者の範囲を日本国籍を有する者に限定する意図を有していたことが認められる。

2  もっとも、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであり、生活保護法が淵源とする憲法二五条が外国人に対して生存権の保障を原理的に排除しているものと解すべきでないことは、国民年金法等の国籍要件が廃止されていることからも明らかであるが、外国人に対する生存権保障の責任は、第一次的にはその者の属する国家が負うべきであるから、社会保障上の施策において在留外国人をどのように処遇するかについて、国は、特別の条約の存しない限り、当該外国人の属する国との間の外交関係、変動する国際情勢、国内の政治・経済・社会的諸事情等に照らしながら、その政治的判断によりこれを決定することができるのであり、その限られた財源の下で給付を行うに当たり、自国民を在留外国人よりも優先的に扱うことも憲法上許されるべきこととなるものと解すべきである。

そして、憲法二五条は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営みうるよう国政を運営すべきこと(一項)、社会的立法及び社会的施設の創造拡充に努力すべきこと(二項)を国の憲法上の責務として宣言したものであり、同条一項は、個々の国民等に対して健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべき具体的・現実的な義務を国に課したものではなく、同条二項によって国の責務であるとされている社会福祉及び社会保障等の創造拡充により個々の国民等の具体的・現実的な生活の向上を図るべきことを規定するものと解すべきであるが、右の社会保障とは生活保護法のみを予定するものではなく、国の財政事情をも視野に入れた様々な社会福祉、社会保障があり得るのであって、同条の規定の趣旨に応えた立法措置の選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような場合を除いては、違憲の問題は生じないものというべきである。

そして、本件で問題とされている生活保護法についてみるに、なるほど生活保護制度は最低限度の生活保障の基盤となるものということができるが、他方で、生活保護制度に係る費用は原則として全額公費から支弁される(同法第十章)ものであること、同法の目的である要保護者をその能力に相応しい状態で社会生活へ適応させるという観点からは、要保護者が我が国社会の構成員として社会生活を営むことが適法に受容され、そのための種々の活動を行うことのできる者であることが予定されること、保護の実施機関としてもその者の本国における資産や扶養義務者の有無などについての調査が困難であって、これらの者に対して生活保護を実施するときには、事実上無条件で生活保護を適用するに等しくなってしまうことが予想されることからすると、一定範囲の外国人について同法と同様の保護を検討する合理性があるとしても、同法の適用を在留外国人に認めないことが、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるを得ないような立法措置であるとまで断ずることはできない。

3  以上みたところに照らせば、生活保護法一条等の文理、旧法が廃止されて現行の生活保護法が制定された際の前記沿革を前提とする限り、生活保護法の適用対象としては、日本国籍を有する者に限られるものと解するほかはなく、また、このように解したからといって、生活保護法が憲法二五条に違反するということもできないのである。

4  これに対し、原告は、在留外国人もわが国において納税義務等を果たしているのであり、これに対応してわが国もこれら外国人の最低限度の生活保障のための支出義務を負うべきであるとし、また、同法の立法当初は適用対象として外国人は考慮されていなかったにしても、当時からは予想もできなかったような国際化が進み、わが国も経済発展を遂げた今日にあっては、生活保護の適用対象も外国人に拡げるべきである旨主張する。

しかしながら、生活保護は生活に困窮する国民に必要な保護を行うものであって担税力ある者に対する給付ではないのであるから、我が国に在留している間の諸活動によって租税を納付する結果となったとしても、その対価として生活保護受給権が納税義務者に認められるわけではない。そして、生活保護法の文理、沿革及び憲法適合性について説示した諸点は、現行法の立法当初から今日に至る経済・社会情勢の変化によっても基本的に異ならないから、立法論としてはともかく、生活保護法の解釈として原告の主張を採用することはできない。

5  また、原告は我が国に在留する資格を有しないのであるから、その窮状に対する人道的救護の要否は問題となるとしても、我が国における生活の自立を助長しようとする生活保護制度の対象となる者といえないことは既に説示したところから明らかであり、本件処分には、憲法二五条に違反する点はないものというべきである。

三  争点2(本件処分の憲法一四条適合性)について

1  憲法一四条一項は、法の下の平等の原則を規定しているが、右規定は合理的な理由のない差別を禁止する趣旨に出たものであって、各人に存する経済的、社会的その他種々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは、その区別が合理性を有する限り、右規定に違反するとはいえないものと解すべきである。

そして、既に説示したとおり、生活保護法上の給付に関し、日本国民を在留外国人に優先させることとして在留外国人を支給対象から除くことも憲法の許容するところであって、かかる限定も立法府の裁量の範囲に属する事柄と解すべきであるから、右区別についての合理性を否定することはできないものというべきである。

2  これに対し、原告は、国民年金法等他の社会保障制度の中には受給資格者の国籍要件を撤廃している例も多いこと、社会保障は資本主義社会によって必然的に生み出される社会的弱者の救済を目的とするものだから、その社会に存在する全ての人間について、人種や社会的身分等を問わず、等しく適用されるべきであることなどからすれば、生活保護法の適用対象にも外国人が含まれるべきであるとし、右解釈を誤ってした本件処分は合理的理由のない差別として憲法一四条に違反する旨主張する。

しかしながら、在留外国人をいかなる種類の社会保障制度の適用対象とし、あるいは対象としないか(例えば、拠出性の社会保険についてはその対象とし、公的扶助についてはその対象としない等)の判断についても、立法府の合理的裁量に委ねられるものと解すべきであるし、ある者の生存権の保障につき第一次的責任を負うべき国家は、その者が現在どの社会に居住しているかではなく、どの国家に属しているかによって定まるものと解するほかはないから、原告の右主張を採用することはできない。

3  したがって、本件処分には憲法一四条に反する点はないものというべきである。

四  争点3(本件処分の社会権規約適合性等)ついて

1  国際連合第三回総会の世界人権宣言は、国際連合総会が、加盟各国が国内的又は国際的な漸進的措置により右宣言に掲げられた権利と自由とを確保する努力基準を示したものであって、加盟各国に対して法的拘束力を有するものではない。

また、社会権規約は、わが国も批准した条約であって、わが国に対して法的拘束力を有するものであるが、同規約の九条にいう「この規約の締約国は、社会保険その他の社会保障についてのすべての者の権利を認める。」との規定は、締約国において社会保障についての権利が国の社会政策により保護されるに値するものであることを確認し、右権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し直接具体的な権利を付与したものではないし、個人が同規約を根拠として国内裁判所に対し国家を相手としてその履行を請求することができないことも明らかである。

2  これに対し、原告は、世界人権宣言及び社会権規約の諸規定の持つ重みは、国内法の解釈運用においても決して軽視されてはならないとし、かかる諸規定の趣旨からいっても、多くの外国人が日本社会の一員として日本人同様の厳しい労働に従事している現代においては、これらの者に生活保護法の適用を認めるべきである旨主張する。

しかしながら、右に説示した世界人権宣言ないし社会権規約の性格に照らせば、生活保護法のように明文上その適用対象が日本国民に限定されているものと解される場合には、右理念の実現はまずもって立法的措置を通じて図られるべきであって、司法裁判所を通じて直接的に実現しようとすることは、社会権規約自体も予定していないところといわざるを得ない。

3  したがって、原告主張の条約、宣言等は、わが国に対して法的拘束力を有しないか、法的拘束力を有していても生活保護の対象を日本国民に限定することを禁止する具体的な裁判規範となるものではないから、本件処分を取り消す理由にはならないものというべきである。

五  争点4(生活保護法の準用の要否)について

1  本件において原告は、仮に外国人に生活保護法の適用がないとしても、原告にはその準用が認められるべきであると主張する。しかしながら、ここにいう準用が、生活保護法の文理に関わらず、原告に同法を適用すべきとの趣旨であるとすれば、これが認められないのは前示のとおりである。一方、原告の右主張が、原告に生活保護法が適用されないことは認めた上で、同法に準じた行政措置の発動を求める趣旨であるとすれば、本件保護申請に対する応答として原告に生活保護法の適用の余地がないとしてされた本件処分自体には何らの違法もないということになるのであって、本件処分の違法性のみを訴訟物とする本件訴訟においては、原告の主張はそれ自体失当であるということに帰する。

2  もっとも、人の生存自体は人権享有の前提となるのであって、その性質上日本国民のみを対象としているものを除く、人であることによって認められる基本的人権は国籍又は在留資格の有無を問わず尊重されるべきであるから、わが国に在留する資格の有無にかかわらず、生存そのものの危機に瀕している者の救護は法律上の配慮を受けるべきものといえよう。

そして、甲五号証(高藤昭教授の意見書)によれば、高藤教授は、本件における原告の論拠とするところに全面的に賛同した上で、殊に、生死に関わる病状にある外国人に対しては、何をおいても直ちに生活保護法上の医療扶助による緊急医療が適用されるべきであり、このような場合には、その病気を治癒すること自体がその外国人の自立助長になる旨強調していることが認められるところ、現行の生活保護法の解釈としてこのように解し得ないことは既に説示したとおりであるが、生死に関わる緊急の場合の外国人に対する医療扶助については、わが国における生活の自立向上を目的とするものでなくても、本来の生活の本拠へ移動すべき過程にある者の人道的救護として、生活保護と行旅病人救護との中間領域の問題として立法的検討の余地があるといえるが、現行の生活保護法の下における本件保護申請を却下した本件処分を違法ということはできない。

六  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官岡田幸人 裁判官竹田光広は填補につき署名捺印できない。裁判長裁判官富越和厚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例